■ 創薬プラットフォーム


(1) ヒトiPS細胞の創薬利用


 創薬プロセスは探索ステージから上市まで、10年以上の期間を有する長期のプロセスであり(図1)、近年は期間が長くなると同時に、その開発費用も年々増加している傾向である(1)。そのため現在の大きな課題として、より効率的な創薬開発を行い、開発期間および費用の削減が求められている。



図1.創薬プロセス


 そこで、効率的な創薬開発を目的として様々な技術が利用されてきており、その一つとしてヒトiPS細胞を用いた技術に注目が集まっている。ヒトiPS細胞は再生医療製品としての利用だけでなく、創薬ツールとしての利用も大きく期待されている(2)

 ヒトiPS細胞は、ヒト由来の細胞で多様な細胞へと分化誘導できることから、創薬開発において下記のようなメリットが考えられる。

1)動物試験で問題となる種差を気にすることなく試験ができる
2)十分な機能を有さない株化細胞を用いるよりも機能的な細胞による試験が可能となる
3)入手が困難で供給に制限がある初代細胞よりも容易に均一な細胞が大量に手に入る


 使用される機能細胞の種類としては、ヒトiPS細胞由来の心筋細胞、肝細胞、神経細胞の利用が進められてきている。1)心筋細胞においては、従来のHERG等の発現細胞株を用いた試験だけでは得られなかった安全性試験への応用が進められている(3,4)。2)肝細胞においては、同一ドナーから作製されたiPS細胞由来の肝細胞を用いることで、安定した条件で繰り返しの試験の実施が期待されている(5)。3)神経細胞においては、これまでは供給の面で実施がむずかしったヒト由来の神経細胞を用いたスクリーニングへの使用が進められてきており、徐々にその使用範囲が広まってきている(6)

 すでに、リプロセルをはじめ、これらのヒトiPS細胞由来の分化細胞は多くのベンダーから販売が開始されている。





(2) ヒトiPS細胞由来疾患モデル細胞の創薬利用


 ヒトiPS細胞が用いられる別のステージとして、疾患モデル細胞の利用が始まっている。疾患モデル細胞は、疾患の作用機序の解明、リード化合物のスクリーニング、薬効評価等に幅広く使用可能である。
ヒトiPS細胞を利用した疾患モデル細胞は、疾患患者由来のヒトiPS細胞の利用、または遺伝子改変によって作製することができる(図2)。どちらにおいても前述したヒトiPS細胞を用いるメリットに加えて、疾患特有の表現型を表す細胞が手に入り、自由に使用できることが最大のメリットである(7,8)



図2.ヒトiPS細胞を利用した疾患モデル細胞

 図2に示すように、疾患患者由来のヒトiPS細胞を利用した疾患モデル細胞の作製には、特定の疾患患者をリクルートしてくることが必要であり、それらのドナーからiPS細胞の材料となる生体サンプルを採取する必要がある。そのため、医療機関との密接なネットワークや事前のインフォームドコンセント等の準備が重要になってくる。研究段階から実際の創薬応用に移行するときには、これらの点が障害となる可能性が想定される。技術的には線維芽細胞、血液に加えて侵襲性が非常に低い尿からのヒトiPS細胞の樹立が可能になってきている(9)ことから、多様なドナーからのヒトiPS細胞樹立は従来よりもの容易になってきている。さらに、作製されたヒトiPS細胞を対象疾患に合わせて特定の機能細胞へと分化誘導する必要があるが、分化誘導技術に関しても日進月歩の状況である(10)
 遺伝子改変技術については、CRISPR/CAS9を利用した研究が加速されており、より容易に特定の疾患モデルおよびコントロールとなる細胞の作製が可能になってきている(11)





(3) ヒト組織を用いた前臨床試験


 創薬プロセスにおいて後期ステージである治験での候補物のドロップアウトがあると、それまでに費やしたコストが無駄になるため、最も避けたいことの一つである。これまでは動物試験やシミュレーションが前臨床段階で実施されていたが、加えて最近ではヒトから採取された新鮮な組織を用いた試験が実施されている(図3)。ヒト組織を使用することで、懸念される種差を気にすることなく、よりヒト生体に近い反応が得られ、治験時でのドロップアウトのリスクを大幅に削減することが期待されている(12)
 治験でドロップアウトする原因としては、効果が認められなかったケースと安全性または毒性の観点からの原因が多数を占める。これらを克服することを目的として、ヒト組織を用いた各種の試験は下記の様な多くの場面で使用されている(13,14)


(a)肺組織を用いた候補化合物の探索
(b)冠動脈を用いたリード化合物の最適化
(c)消化器官を用いた薬物動態評価
(d)各種動脈や心臓柵状組織を用いた安全性評価
(e)治験結果の検証実験


 この中でも循環器系を用いた安全性評価と消化器官を用いた薬物動態評価が活発に実施されている(15,16)。日本国内において、このようなヒト組織を用いた試験をすることは非常に難しく、試験の実施は外部に委託している状況である。



図3.ヒト組織を用いた前臨床試験



■ 参考文献
  1. How to improve R&D productivity: the pharmaceutical industry’s grand challenge. Paul SM, Mytelka DS, Dunwiddie CT, Persinger CC, Munos BH, Lindborg SR, Schacht AL. Nat Rev Drug Discov. 2010 Mar;9(3):203-14. doi: 10.1038/nrd3078. Epub 2010 Feb 19.
  2. Anti-Aβ drug screening platform using human iPS cell-derived neurons for the treatment of Alzheimer’s disease. Yahata N, Asai M, Kitaoka S, Takahashi K, Asaka I, Hioki H, Kaneko T, Maruyama K, Saido TC, Nakahata T, Asada T, Yamanaka S, Iwata N, Inoue H. PLoS One. 2011;6(9):e25788. doi: 10.1371/journal.pone.0025788. Epub 2011 Sep 30.
  3. Comprehensive in vitro cardiac safety assessment using human stem cell technology: Overview of CSAHi HEART initiative. Takasuna K, Asakura K, Araki S, Ando H, Kazusa K, Kitaguchi T, Kunimatsu T, Suzuki S, Miyamoto N. J Pharmacol Toxicol Methods. 2016 Sep 16. pii: S1056-8719(16)30109-5.
  4. The Comprehensive in Vitro Proarrhythmia Assay (CiPA) initiative – Update on progress. Colatsky T, Fermini B, Gintant G, Pierson JB, Sager P, Sekino Y, Strauss DG, Stockbridge N. J Pharmacol Toxicol Methods. 2016 Jun 7. pii: S1056-8719(16)30058-2
  5. Prediction of interindividual differences in hepatic functions and drug sensitivity by using human iPS-derived hepatocytes. Takayama K, Morisaki Y, Kuno S, Nagamoto Y, Harada K, Furukawa N, Ohtaka M, Nishimura K, Imagawa K, Sakurai F, Tachibana M, Sumazaki R, Noguchi E, Nakanishi M, Hirata K, Kawabata K, Mizuguchi H. Proc Natl Acad Sci U S A. 2014 Nov 25;111(47):16772-7. doi: 10.1073/pnas.1413481111. Epub 2014 Nov 10.
  6. Functional screening assays with neurons generated from pluripotent stem cell-derived neural stem cells. Efthymiou A, Shaltouki A, Steiner JP, Jha B, Heman-Ackah SM, Swistowski A, Zeng X, Rao MS, Malik N. J Biomol Screen. 2014 Jan;19(1):32-43.
  7. Endothelin-1 induces myofibrillar disarray and contractile vector variability in hypertrophic cardiomyopathy-induced pluripotent stem cell-derived cardiomyocytes. Tanaka A, Yuasa S, Mearini G, Egashira T, Seki T, Kodaira M, Kusumoto D, Kuroda Y, Okata S, Suzuki T, Inohara T, Arimura T, Makino S, Kimura K, Kimura A, Furukawa T, Carrier L, Node K, Fukuda K. J Am Heart Assoc. 2014 Nov 11;3(6):e001263.
  8. The modeling of Alzheimer’s disease by the overexpression of mutant Presenilin 1 in human embryonic stem cells. Honda M, Minami I, Tooi N, Morone N, Nishioka H, Uemura K, Kinoshita A, Heuser JE, Nakatsuji N, Aiba K. Biochem Biophys Res Commun. 2016 Jan 15;469(3):587-92.
  9. Generating a non-integrating human induced pluripotent stem cell bank from urine-derived cells. Xue Y, Cai X, Wang L, Liao B, Zhang H, Shan Y, Chen Q, Zhou T, Li X, Hou J, Chen S, Luo R, Qin D, Pei D, Pan G. PLoS One. 2013 Aug 5;8(8):e70573.
  10. Common pitfalls of stem cell differentiation: a guide to improving protocols for neurodegenerative disease models and research. Engel M, Do-Ha D, Muñoz SS, Ooi L.Cell Mol Life Sci. 2016 Oct;73(19):3693-709. doi: 10.1007/s00018-016-2265-3.
  11. Generation of Isogenic Human iPS Cell Line Precisely Corrected by Genome Editing Using the CRISPR/Cas9 System.Grobarczyk B, Franco B, Hanon K, Malgrange B.Stem Cell Rev. 2015 Oct;11(5):774-87. doi: 10.1007/s12015-015-9600-1.
  12. Assessing drug safety in human tissues – what are the barriers? Holmes A, Bonner F, Jones D. Nat Rev Drug Discov. 2015 Aug;14(8):585-7. doi: 10.1038/nrd4662. Epub 2015 Jul 24.
  13. The use of functional human tissues in drug development. Bunton D. Cell Tissue Bank. 2011 Feb;12(1):31-2.
  14. Recombinant Human Elastase Alters the Compliance of Atherosclerotic Tibial Arteries After Ex Vivo Angioplasty. Burke SK, Bingham K, Moss E, Gottlieb DP, Wong MD, Bland KS, Franano FN. J Cardiovasc Pharmacol. 2016 Apr;67(4):305-11.
  15. Comprehensive study on regional human intestinal permeability and prediction of fraction absorbed of drugs using the Ussing chamber technique. Sjöberg Å, Lutz M, Tannergren C, Wingolf C, Borde A, Ungell AL. Eur J Pharm Sci. 2013 Jan 23;48(1-2):166-80.
  16. The contribution of VEGF signalling to fostamatinib-induced blood pressure elevation. Skinner M, Philp K, Lengel D, Coverley L, Lamm Bergström E, Glaves P, Musgrove H, Prior H, Braddock M, Huby R, Curwen JO, Duffy P, Harmer AR. Br J Pharmacol. 2014 May;171(9):2308-20.